コーヒーのドリップポットが壊れた

ハリオ ドリップポット・ウッドネック 3~4人用 480ml DPW-3

購入するとドリップポットと、木製の取っ手のついたネルドリッパーがついてくる。いつもこれを使って、コーヒーを淹れていた。それが台所の流しで、割れた。数回落としていたから、いつか割れるだろうとは思っていたけど、まさか購入2,3ヶ月で割れるとは・・・。2代目だったので、もう一つ買うのはシャクだと思い、付属のネルドリッパーを左手に、右手にポットを持ちマグカップに注いだ所、普段となんら変わらない、いつもどおりの美味いネルドリップのコーヒーが飲めた。

貧乏魂からか、ここからなにか学ぼうと思ったのか、ふと「これで必要十分やん」と思った。美味いコーヒーを飲みたい「僕」という人がいる。以前のフローでは、コーヒーフィルターからドリップされる液を自動的に受け取ってくれる(ちょっと)おしゃれな器があった。しかし、それは割れ、使えない。でも最終的な成果物である美味いコーヒーは、普段と変わらずコーヒーカップに入ってる。そして、美味い。

デザインの広義さを佐藤卓さんは、

大雑把に言えば、建築物の躯体を担っているのが構造で、それを覆っているのが意匠になります。デザインは構造の部分も意匠の部分も包括しているわけです。

日経ビジネスで大雑把に語ってる。ドリップポットに話を戻すと、水をポットに沸かして豆を煎りネルに豆を入れてポットから熱い水を垂らし美味いコーヒーを淹れる、という一連の「構造」が成立してるから、コーヒーは美味かったんじゃないか。どんな種類の豆を煎るか、水の温度や湿度、、、とかそういうのを言い出すとキリはないけど、少なくとも上手いコーヒーを飲みたかった僕という人間の「目的」は達成された。要するに、(お金を払った身からすると言いづらいが)受け口であるドリップポットは体験を最大化するための過剰なプレゼンテーションであって、機能としてはあまり仕事をしていなかったと言える気がする。本来の機能は「ネルドリッパー」が果たしてくれていた。

Apple Musicとか、結構良いアプリだなーと思って使って入るものの、無料期間が終わったら多分自分は使わないと思う。元に、自動更新されないように切ってるし。音楽自体は好きだし、なくてはならないけど、自分の場合は本当に好きな音楽を聞いている時が幸せだったりするし、なんだかんだでYouTubeに行って好きなアーティストを検索して聞いている。1億曲を手のひらで操りたいとか、自分にあったものをレコメンドして欲しいとか、そういうのは確かに便利ではあるんだけども、「ドリップポット」やなあと、改めて思う次第です。

まあ普通に考えれば当たり前なことなんだけども、分解して考えると結構おもしろい。この先、多分僕はしばらくネルのついた手持ちのドリッパーだけを使ってコーヒーを入れることになるだろうし、しばらくすればやっぱりハリオ ドリップポット・ウッドネック 3~4人用 480ml DPW-3が欲しくなるんだろうし、調子に乗ってChemex ケメックス コーヒーメーカー マシンメイド 6カップ用 ドリップ式 CM-6A 並行輸入品を買おうかと思案するんだろうけども。

でも、ビジネスとしては「構造」の部分にほとんどのお金が集まった。「構造」は真似されやすく成熟しやすい(と思う)ので、それを覆っている「意匠」の部分でみんなこぞって競合との差別化を図った。細分化し、おなじ「構造」で独自の路線を歩み活路を見出す者たちもチラホラ。そんな構図をイメージすると、佐野さんのオリンピックロゴ問題とかが途端に見え隠れし始める。じゃあ「オリジナル」って?という部分を、本当は書いてみたかったけども、長くなったのでこの辺に。