エミール・ルーダー 本質的なもの

かねてより気になってた朗文堂に通いはじめ、いろいろな出会いもあり、良きかなと思うこの頃。大量にある貴重な書物から週一冊借りれるとのことなので、毎週一冊は借りて文字漬けになるのもええかと思うこの頃。 朗文堂のことは追々どこぞに書くとして、読んだ本についてささっと。Emil Ruderというタイポグラフィの巨匠がいて、その人が1957年から1959年にかけてTMという雑誌にインタビューされた内容がまとまってる本「エミール・ルーダー 本質的なもの」を読んだ。朗文堂の人には「そんな本」と言われたが、この本の後にルーダーがまとめた「Typography」という割と高い本を年始に買って以来贅沢に積読していたのもあって、そのとっかかりとして手にとってみた。「Typography」はヨーロッパ・北米のタイポグラフィ教育の基礎教科書となったタイポグラフィの入門書としていまでも扱われているらしい。

第一章、二章は、マネ、モネ、ゴッホ、北斎などの歴史的美術から、平面と線について語られる。北斎のあの有名な富士山の風景画について、情熱的に解説してくれる下りとか、歴史的作品について説明してくれるんだけども、年代の差なのか、美術に対する僕の興味関心の薄さからか、ちょっと退屈感があった。でも三章から、実務的な話になってきてそれが払拭される。

言語に形を与え、耐久性を持たせ、未来へとつなげることが、我々の職務である。この使命はただ形(フォルム)によってのみ成しとげることができる、ということを我々はあまり自覚していない。

文字を単語として、そして文章として並べととのえ、組版に最新の注意をはらい、いかなる間違いも紛れ込まないように注意する。これらすべての努力にもかかわらず、我々はいたるところでフォルムの問題に直面する。

第四章のリズムについての記述が、一番おもしろい。

リズム(Rhythmus)はギリシャ語の「rheo = 流れる」に由来し、すべての被造物、すべての生物、それ故すべての人間に関係している普遍的な生の現象である。誰の中にもリズムは脈動している。

心臓の脈拍やら、呼吸。光と闇、活力と疲労。受容と放置、占有と共有。

人間はつねに連続的・直線的に成長してゆくのではなく、リズミカルな波の中で成長する。人の心臓はいつも同じ拍子なのではない。

ルーダーさんは、「タイポグラフィ」というものを局所的に捉えないで、全体との調和的なニュアンスで捉えているところがすごい。自然には一定のリズムがある。でもパッと見一定に見えるリズムの中でも、多様性が隠れてる。それがリズムだと。

前書いたことが間違ってるとは思わないけど、ちょっと硬かったなと。ルーダーさんを崇めるわけではないけど、いろんな物事の流れを組んで、もっと柔軟に考えられるようになれるともっと自由度があがりそう。上辺だけ均質にしたり、表面的に飾るんじゃあかんゾといわれた気分。

ちょっとメタ的な話が多かったので次はもう少しライトなものに手を出したい。

どうでもいい話なんだけども、水曜日のカンパネラを仕事中に聞くのはそろそろやめたほうがいい。いい曲なんだけども。全く集中に向いてないのに最近気づいた。